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東京高等裁判所 平成4年(ラ)19号 決定

抗告人(債権者) 株式会社レオナード 外一名

相手方(債務者) 株式会社ワーク

主文

一  原決定を次のとおり変更する。

二  抗告人両名が各金三五〇万円の保証を立てることを条件として、次のとおり定める。

1  相手方は、別紙物件目録(二)記載の自動車用ホィールを製造し、販売してはならない。

2  相手方の占有する前項の物品及び同物品の製造に用いる金型の占有を解いて、大阪地方裁判所執行官にその保管を命じる。

三  抗告人らのその余の仮処分申請をいずれも却下する。

四  申請費用は、原審及び当審を通じてこれを二分し、その一を抗告人らの負担とし、その余を相手方の負担とする。

理由

第一本件抗告の趣旨及び理由

一  抗告の趣旨

1  原決定を取り消す。

2  相手方は、別紙物件目録(一)及び(二)記載の自動車用ホィールを製造し、販売してはならない。

3  相手方の占有する前項の物品及び同各物品の製造に用いる金型の占有を解いて、大阪地方裁判所執行官にその保管を命じる。

4  申請費用は、原審及び当審を通じて相手方の負担とする。

との裁判を求める。

二  抗告の理由

イ号意匠(別紙物件目録(一)記載の自動車用ホィール(相手方製品第一)に係る意匠)及びロ号意匠(別紙物件目録(二)記載の自動車用ホィール(相手方製品第二)に係る意匠)は、いずれも本件意匠に類似するものである。しかるに、原決定は、イ号意匠及びロ号意匠は本件意匠に類似していると認めることはできず、したがって、相手方製品第一、第二の製造、販売が本件意匠権を侵害していると認めることはできないとしたが、以下のとおり、右認定は誤りである。

1  原決定は、本件意匠とイ号意匠及びロ号意匠との類否を判断する前提として、自動車用ホィールは比較的小さい構成の差異であっても類似性判断に否定的影響を及ぼしやすい物品であると説示している。しかし、意匠の創作性の大きいものに対しては広い範囲の保護が与えられるべきであり、逆に意匠の創作性の少ないものについては、権利範囲が狭く解釈されるべきであって、自動車用ホィールであるということだけで意匠権の範囲を狭く解釈すべき理由はない。本件意匠は、その基本的構成要素の一部であるスポークをみても、同幅帯状で凸弧状を呈し、両側部にリブを備えたものは、本件意匠の出願前皆無であって、本件意匠に係る自動車用ホィールは画期的なものである。したがって、本件意匠権の範囲も他の自動車用ホィールの意匠に較べると広いものと考えるべきであり、原決定の右説示は誤りである。

2  本件意匠の形状の特徴は次のとおりである。

(一) ホィールの中心部より五本の同幅帯状のスポークが放射状に等角度で設けられ、その先端部分はリムの内側に当接している。

(二) 五本の同幅帯状のスポークはそれぞれ全体がゆるやかに凸弧状をなして、

(三) ホィールの中心部には車軸挿通孔を有しており、

(四) 各スポークの両側部は細幅で段状になったリブが現されている。

したがって、原決定が、隣り合ったスポーク二本とディスク外周環状部に囲まれた透かし孔(五個)は三つの角全部を丸めた二等辺三角形をしていること、各スポーク本体の両側に形成されているリブがスポーク本体の凸弧状とほぼ一体に凸弧状となっていること、リブがスポークの幅方向の端のほうで隆起しており、スポーク本体との間に溝を形成していること、それぞれ隣り合った二本のスポーク本体は、これらに挟まれた角が湾曲しており、連続的であること、ディスク中央部が窪んでいること及びディスク外周環状部には二四個のボルト頭部が等間隔に現れていることを本件意匠の特徴に挙げた点は誤りである。また、原決定が、本件意匠におけるスポーク本体の凸弧状を太鼓橋状と認定した点も誤りである。

3  本件意匠とイ号意匠との原決定の類否判断は、以下のとおり誤りである。

(一) 原決定は、イ号意匠のスポーク本体が本件意匠のものより細長いと認定している。

しかし、本件意匠に類似するとして登録された意匠(以下「本件類似意匠」という。)におけるスポーク本体が、本件意匠のものに比較してやや細長くなっていることからしても、スポークの幅及び長さが少し違っていても、本件意匠の類似範囲に属するものと解されるところ、イ号意匠と本件意匠及び本件類似意匠とを比較すると、イ号意匠のスポーク本体が僅かに細長いが、その差異は僅かであり、本件意匠の特徴でもない部分についてのこのような僅かな差異を取り上げて意匠の類否を判断したこと自体誤りである。

(二) 原決定は、イ号意匠のスポーク本体は本件意匠のスポーク本体よりやや先細りの印象があると認定している。

確かに、イ号意匠のスポーク本体は僅かに先が細くなっているかもしれないが、それは極めて僅かであり、ほぼ同幅といってよい。本件意匠及び本件類似意匠のスポーク本体はホィールの中央部に近い部分が幅広で、それが外側に向かって細くなり、同幅になっているのであるから、スポーク本体を根元を含めた全体でみると、先がやや細くなったようにみえる。一方、イ号意匠のスポーク本体においても、スポークの中央部分の幅と先端部の幅を比較すると、殆ど差はなく、ほぼ同幅ということができる。したがって、この点をもって、本件意匠とイ号意匠が非類似とすることはできない。

(三) スポークについて、本件類似意匠は、本件意匠に較べてその湾曲の程度が緩やかであり、このことからいっても、スポークの湾曲の程度が多少異なっていても、湾曲している以上、それは本件意匠の類似範囲に属するのである。イ号意匠のスポークは、一部に平坦部を有するとはいえ、ホィールの外側に向かって一旦傾斜して高くなった後、明らかな凸弧状をなしてリムに向かって低くなっているのであり、全体として外側に凸弧状をなしていることは明らかである。したがって、イ号意匠のスポークにつき、凸弧状の特徴を有するとはいえないとした原決定の認定は誤りである。

(四) 原決定は、イ号意匠のリブ部分がディスク外周環状部と同一平面にあるように見えるとして、凸弧状リブの特徴を有していないと認定している。

しかし、リブの湾曲の有無を本件意匠の特徴に挙げること自体誤ったものであるから、イ号意匠のリブが凸弧状でないとしても、何ら問題にならない。しかも、自動車用ホィールにおいて、リブはスポークの両側に取り付けられた僅かな部分であり、それが僅かに湾曲しているか、平坦であるかという違いは、自動車用ホィールの意匠全体からみれば、極めてわずかの違いにすぎない。したがって、リブの僅かの湾曲の有無をもって、イ号意匠が本件意匠に類似していないとすることはできない。

(五) 原決定は、同幅スポーク、凸弧状スポーク及びこれと一体となった凸弧状リブという特徴は、立体感と力強さという本件意匠の美感を支配する重要な要素であると認定しているが、その根拠は不十分である。

4  本件意匠とロ号意匠との原決定の類否判断は、以下のとおり誤りである。

(一) 原決定は、ロ号意匠のスポークは顕著ではないけれども先細りであり、少なくとも本件意匠及び本件類似意匠におけるような同幅スポークの特徴を有するとはいえないことは看取するに困難ではないと認定しているが、ロ号意匠のスポークは同幅である。本件意匠のスポーク本体もロ号意匠のスポーク本体も、ディスク中央寄りの付け根部分のみが幅広で、それがディスク外側に向かって細くなり、同幅になっているから、付け根の部分も含めると、全体として先が細くなっているようにみえる。本件類似意匠のスポークも、その付け根部分が先端より広くなっているが、スポーク中央部の幅と先端部の幅を較べるとほぼ同じである。このことから考えても、ロ号意匠のスポークは、本件意匠のスポークの同幅帯状という特徴を備えているといってよく、原決定の認定は誤りである。

(二) 原決定は、本件意匠及び本件類似意匠のディスク中央部に認められるスポーク本体の凸弧状と連続的な浅い窪みはロ号意匠には存在しないと認定している。

しかし、右の「連続的な浅い窪み」というのは、本件意匠の独立した特徴として捉えるべきものではなく、スポークが凸弧状になっていることの帰結であり、そのように指摘されて注視するのでなければ気が付かない程度の微細な点である。そして、ロ号意匠のホィールも中央部が低くなっており、ホィール外側付近で凸弧状に湾曲しているから、スポーク自体を看者がみると、全体として緩いカーブで凸弧状に湾曲していることが印象づけられるのであり、ディスク中央部が浅い窪みがなくとも、スポークの凸弧状の印象は認められるのである。

したがって、原決定の右認定も誤りである。

(三) 原決定は、ロ号意匠はリム枠部の幅がかなり広く、そのことが全体観察の上においても印象的であると認定している。

しかし、原決定は、リム枠部の幅が広いか狭いかということは本件意匠の特徴として認定しているわけでもないのに、この点を取り上げて、ロ号意匠と比較しているものであって、これは、本件意匠の特徴とロ号意匠の特徴とを対比するという手法自体を放棄して、恣意的に本件意匠とロ号意匠との瑣末な違いを取り上げて類否判断をしているものである。

右の点を考えただけでも、リム枠部の幅を問題にすること自体不当であるが、ロ号意匠のリム枠部の幅は本件意匠のものや本件類似意匠のものと較べて大幅に違いがあるというものではなく、僅かな違いにすぎない。

したがって、リム枠部の幅の相違を根拠の一つとして、ロ号意匠が本件意匠に類似していないと認定したことは誤りである。

第二当裁判所の判断

一  被保全権利について

1  争いのない事実

抗告人らが本件意匠権((1) 意匠に係る物品 自動車用ホィール、(2) 出願日 昭和六二年九月一六日、(3) 登録日 平成一年二月一三日、(4) 登録番号 第七六一〇五九号、(5) 登録意匠 別添の意匠公報に示すとおりの形状)の意匠権者であること、相手方は、昭和六三年八月ころから別紙物件目録(一)記載の自動車用ホィール(相手方製品第一)を、平成元年三月ころから別紙物件目録(二)記載の自動車用ホィール(相手方製品第二)を、それぞれ業として製造販売していること及び相手方製品第一の製造販売量が毎月約三〇〇本であることは、当事者間に争いがない。

2  本件意匠の構成について

本件意匠の意匠公報(疎甲第二号証)によれば、本件意匠の構成は次のとおりであると認められる。

(一) 本件意匠は自動車用ホィールに係るものであって、その基本的構成態様は、略円筒状のリム部と、中心部に小円形の車軸挿通孔を設け、両側部にリブを設けた五本の幅広帯状のスポークが中央部外周より放射状に等間隔で設けられたディスク部とからなっている。

(二) これらの具体的構成態様は次のとおりである。

(1)  リム部は、正面・背面の各端縁部を円板状に出張らせ、全体が略多段状の短円筒のものである。

(2)  ディスク中央部には、車軸挿通孔の周りに正面側になるにつれ次第に外広がりに傾斜する斜面が形成され、正面側の口径が広く現れている。

(3)  ディスク中央部の外周には五本のスポークの根元部が集合していて、隣接する二本のスポークの接合部は弧状を現して連続している。

(4)  スポークの先端部は、ディスクの正面外周壁の内端に当接している。

(5)  スポーク本体(リブを除いた部分)の幅は、根元部付近から先端部まで同じである。

(6)  スポーク本体は、幅方向に平坦であるが、長さ方向において、全体的に凸弧状をなしている。

(7)  スポーク両側部に設けられたリブは、細幅で、段落としになっている。

(8)  二本の隣接するスポークとディスクの正面外周壁の内端に囲まれた透孔部は、右外周壁の内端を底辺とする略二等辺三角形を形成している。

(9)  ディスクの正面外周壁には、二四個のボルト頭部が等間隔に現されている。

(10) ディスクの背面中央部は、中心に小円形の車軸挿通孔が現され、その周りに一二個の小孔が等間隔に現されており、スポーク本体とリブが一体となったスポーク背面は平面である。

3  イ号意匠の構成について

本件仮処分申請書物件目録(一)添付の写真(別紙物件目録(一)は右写真の写し)によれば、イ号意匠の構成は次のとおりであると認められる。

(一) イ号意匠は自動車用ホィールに係るものであって、その基本的構成態様は、略円筒状のリム部と、中央部はセンターカバーとセンターキャップとからなり、両側部にリブを設けた五本の幅広帯状のスポークが中央部外周より放射状に等間隔で設けられたディスク部とからなっている。

(二) これらの具体的構成態様は次のとおりである。

(1)  リム部は、正面・背面の各端縁部を円板状に出張らせ、全体が略多段状の短円筒のものである。

(2)  ディスク中央部は円形凹部となっていて、その凹部内中央に六角形でその表面が円板である有蓋ナット状のセンターキャップが埋設するように現されており、センターキャップ外周縁と凹部内縁間で環状凹溝を形成している。そして、センターカバーの外周縁がスポークの根元部を横切るように配されて円形の細溝を形成している。センターキャップ表面の円板内中心には、「」の文字が記され、右文字の外周を取り巻くように「EWING WIER」と記されている。

(3)  ディスク中央部の外周には五本のスポークの根元部が集合していて、隣接する二本のスポークの接合部は弧状を現して連続している。

(4)  スポークの先端部は、ディスクの正面外周壁の略中央に当接している。

(5)  スポーク本体の幅は若干先細りとなっている。

(6)  スポーク本体は、幅方向は平坦であるが、長さ方向においては、先端部(ディスクの正面外周壁の略中央)からディスクの正面外周壁の内端に至るまでの、スポーク全体の長さの約五分の一の部分が凸弧状を呈しており、右外周壁の内端からディスク中央部外周に至るまでは直線状で僅かに下り勾配となっている。

(7)  スポーク両側部に設けられたリブは、細幅で、段落としになっている。

(8)  二本の隣接するスポークとディスクの正面外周壁の内端に囲まれた透孔部は、右外周壁の内端を底辺とする略二等辺三角形を形成している。

(9)  ディスクの正面外周壁には、二〇個のボルト頭部が等間隔に現されている。

(10) ディスクの背面中央部は、中心に貫通孔が現され、その周りに四個の小孔と略台形状の凹部が交互に等間隔で現され、スポークの背面中央には長さ方向に一本の突条が設けられ、その両側に凹部が設けられている。

4  ロ号意匠の構成について

本件仮処分申請書物件目録(二)添付の写真(別紙物件目録(二)は右写真の写し)によれば、ロ号意匠の構成は次のとおりであると認められる。

(一) ロ号意匠は自動車用ホィールに係るものであって、その基本的構成態様は、略円筒形のリム部と、中央部はセンターカバーとセンターキャップとからなり、両側部にリブを設けた五本の幅広帯状のスポークが中央部外周より放射状に等間隔で設けられたディスク部とからなっている。

(二) これらの具体的構成態様は次のとおりである。

(1)  リム部は、正面・背面の各端縁部を円板状に出張らせ、全体が略多段状の短円筒のものである。

(2)  ディスク中央部は円形凹部となっていて、その凹部内中央に六角形でその表面が円板である有蓋ナット状のセンターキャップが埋設するように現されており、センターキャップ外周縁と凹部内縁間で環状凹溝を形成している。そして、センターカバーの外周縁がスポークの根元部を横切るように配されて円形の細溝を形成している。センターキャップ表面円板内には「EWING」と記されている。

(3)  ディスク中央部の外周には五本のスポークの根元部が集合していて、二本の隣接するスポークの接合部は弧状を現して連続している。

(4)  スポークの先端部は、ディスクの正面外周壁の内端に当接している。

(5)  スポーク本体の幅は若干先細りとなっている。

(6)  スポーク本体は、幅方向は平坦であるが、長さ方向においては、先端部(ディスクの正面外周壁の内端)からディスク中央部に向けスポーク全体の長さの約三分の一の部分が凸弧状を呈しており、凸弧状の終点からディスク中央部外周に至るまでは直線状で僅かに下り勾配となっている。

(7)  スポーク両側に設けられたリブは、細幅で、段落としになっている。

(8)  二本の隣接するスポークとディスクの正面外周壁の内端に囲まれた透孔部は、右外周壁内端を底辺とする略二等辺三角形を形成している。

(9)  ディスクの正面外周壁には、三二個のボルト頭部が等間隔に現されている。

(10) ディスクの背面中央部は、中心に貫通孔が現され、その周りに四個の小孔が等間隔に現され、スポークの背面は長さ方向に矩形状の凹部が設けられている。

5  本件意匠とイ号意匠との類否について

(一) 前記2及び3の事実に基づいて本件意匠とイ号意匠を対比すると、両意匠は、いずれも自動車用ホィールに係るものであって、その基本的構成態様において、略円筒状のリム部とディスク部とからなっており、ディスク部には、両側部にリブを設けた五本の幅広帯状のスポークが中央部外周より放射状に等間隔で設けられている点で一致しているが、本件意匠の中心部には小円形の車軸挿通孔が設けられているのに対し、イ号意匠の中央部はセンターカバーとセンターキャップとからなっている点で相違している。そして、具体的構成態様において、リム部が、正面・背面の各端縁部を円板状に出張らせ、全体が略多段状の短円筒のものである点、ディスク中央部の外周には五本のスポークの根元部が集合していて、隣接する二本のスポークの接合部は弧状を現して連続している点、スポーク両側部に設けられたリブが、細幅で、段落としになっている点及び二本の隣接するスポークとディスクの正面外周壁の内端に囲まれた透孔部が、右外周壁の内端を底辺とする略二等辺三角形を形成している点で一致しているが、〈1〉 ディスク中央部が、本件意匠では、中心にある車軸挿通孔の周りに正面側になるにつれ次第に外広がりに傾斜する斜面が形成され、正面側の口径が広く現れているのに対し、イ号意匠では、円形凹部となっていて、その凹部内中央に六角形でその表面が円板である有蓋ナット状のセンターキャップ(表面の円板内中心には、「」の文字が記され、右文字の外周を取り巻くように「EWING WIER」と記されている。)が埋設するように現されて、センターキャップ外周縁と凹部内縁間で環状凹溝を形成し、センターカバーの外周縁がスポークの根元部を横切るように配されて円形の細溝を形成している点、〈2〉 スポークの先端部が、本件意匠ではディスクの正面外周壁の内端に当接しているのに対し、イ号意匠では右外周壁の略中央に当接している点、〈3〉 スポーク本体の幅が、本件意匠では根元部付近から先端部まで同幅であるのに対し、イ号意匠では若干先細りとなっている点、〈4〉 本件意匠のスポーク本体は、幅方向に平坦であるが、長さ方向において、全体的に凸弧状をなしているのに対し、イ号意匠のスポーク本体は、幅方向に平坦であるが、長さ方向においては、先端部(ディスクの正面外周壁の略中央)からディスクの正面外周壁の内端に至るまでの、スポーク全体の長さの約五分の一の部分が凸弧状を呈しており、右外周壁の内端からディスク中央部外周に至るまでは直線状で僅かに下り勾配となっている点、〈5〉 ディスクの正面外周壁に等間隔で現されたボルト頭部の数が、本件意匠では二四個であるのに対し、イ号意匠では二〇個である点、〈6〉 ディスクの背面の形状が、本件意匠では、背面中央部の中心に小円形の車軸挿通孔が、その周りに一二個の小孔が等間隔にそれぞれ現されており、スポーク本体とリブが一体となったスポーク背面は平面であるのに対し、イ号意匠では、背面中央部の中心に貫通孔が、その周りに四個の小孔と略台形状の凹部が交互に等間隔でそれぞれ現されており、スポークの背面中央には一本の突条が、その両側に凹部がそれぞれ設けられている点で相違している。

(二) 前記(一)による対比の結果と本件記録に現れた疎明資料に基づき、両意匠の類否について検討する。

自動車用ホィールの用途及び使用態様に照らすと、自動車用ホィールにおいて需要者の注意を惹く部分は、これをタイヤに嵌め込み、自動車本体に装着した際に外側から見える、ホィールの正面に現れる形状であると認めるのが相当であり、側面及び背面に現れる形状は、特に需要者の注意を惹く部分であるとは認められない。

ところで、本件意匠において、ディスクの中心部に小円形の車軸挿通孔を設け、その周りには正面側になるにつれ次第に外広がりに傾斜する斜面が形成され、正面側の口径が広く現れる形状となっているのは、本件意匠がセンターロック方式(ディスク中心部に車軸挿通孔を設け、センターロックナットにより車軸に螺着する方式)の自動車用ホィールに係る意匠であることによるものであるが、ディスクの中央部分は車軸への取付構造に係る部分であって、通常は、公知の取付構造が用いられるため、それが特別な意匠を構成するものでない限り意匠の要部とはならないものというべきところ、本件意匠における右のような形状は、センターロック方式としては特殊なものであると認むべき資料もないから、本件意匠の中央部分は需要者の注意を惹く部分であると認めることはできない。

一方、イ号意匠における、ディスク中央部を円形凹部とし、その凹部内中央に六角形の有蓋ナット状のセンターキャップを埋設するように現し、センターカバーの外周縁が円形の細溝を形成した形状は、自動車用ホィールの意匠において、普通に見られるものであるから、この部分に意匠の要部があると認めることはできない。

ちなみに、ロ号意匠におけるディスク中央部の形状も右と同一であるから、この部分に意匠の要部があるとはいえない。

また、イ号・ロ号意匠のセンターキャップに記されているブランド名の表示は、意匠の類否判断に影響を及ぼすものではない。

更に、リム部は、タイヤが装着されるための構造上の制約などからほぼその形状は定まっていて、特徴的なものを創作し難い部分であるから、リム部の正面側についても、通常、看者の注意を特に惹くことはないものと考えられる。

以上のとおりであるから、本件意匠及びイ号・ロ号意匠において、需要者の最も注意を惹く部分は、ホィールの正面に現れる形状のうち、特にディスク部の正面側の、中央部分を除いた部分の形状にあると認めるのが相当である。

かかる観点から本件意匠とイ号意匠の類否を検討すると、本件意匠においては、スポークの幅が根元部から先端部まで同幅で、その先端部がディスクの正面外周壁の内端に当接し、スポークが長さ方向において全体的に凸弧状を呈しているため、スポークの力強さと湾曲性が強調されていて、ディスクの正面側に現れる形状は、重厚で、立体感を有するものとして印象づけられるのに対し、イ号意匠においては、スポークが若干先細りとなっていて、その先端部がディスクの正面外周壁の略中央にまで及んで当接し、スポークの長さ方向において凸弧状を呈しているのは、先端部からディスクの正面外周壁の内端に至るまでの、スポーク全体の長さの約五分の一の部分であって、その余の部分は直線状で僅かに下り勾配となっているため、スポークの伸びやかさと平坦さが強調されていて、ディスクの正面側に現れる形状は、軽快で、平面的な印象を与えるものである。そして、要部におけるこれらの差異は顕著なものであって、全体的に観察しても、右差異は、両意匠における前記各共通点を凌駕し、両意匠に別異の美感をもたらしているものというべきである。

以上のとおりであるから、イ号意匠は本件意匠に類似しているということはできず、したがって、相手方製品第一を製造、販売することが本件意匠権を侵害するものであるとはいえない。

(三) 抗告人らは、本件類似意匠におけるスポークが本件意匠のものに較べて、その湾曲の程度が緩やかであることからいっても、スポークの湾曲の程度が多少異なっていても本件意匠の類似範囲に属する旨主張する。

しかし、疎甲第二七号証の一ないし三、第三四号証の一、同号証の二の一・二、第三五号証の一、同号証の二の一ないし四、第三六号証の一、同号証の二の一ないし三、第三七号証の一、同号証の二の一ないし三、第三八号証の一、同号証の二の一ないし三、第三九号証の一・二によれば、本件類似意匠におけるスポークも全体的に凸弧状を呈しており、湾曲の程度も本件意匠におけるスポークと特に相違していないものと認められ、また、本件意匠とイ号意匠における各スポークの湾曲の程度・態様が相当相違していることは前記のとおりであるから、抗告人らの右主張は理由がない。

6  本件意匠とロ号意匠との類否について

(一) 前記2及び4の事実に基づいて本件意匠とロ号意匠を対比すると、両意匠は、いずれも自動車用ホィールに係るものであって、その基本的構成態様において、略円筒状のリム部とディスク部とからなっており、ディスク部には、両側部にリブを設けた五本の幅広帯状のスポークが中央部外周より放射状に等間隔で設けられている点で一致しているが、本件意匠の中心部には小円形の車軸挿通孔が設けられているのに対し、ロ号意匠の中央部はセンターカバーとセンターキャップとからなっている点で相違している。そして、具体的構成態様において、リム部が、正面・背面の各端縁部を円板状に出張らせ、全体が略多段状の短円筒のものである点、ディスク中央部の外周には五本のスポークの根元部が集合していて、隣接する二本のスポークの接合部は弧状を現して連続している点、スポーク両側部に設けられたリブが、細幅で、段落としになっている点、二本の隣接するスポークとディスクの正面外周壁の内端に囲まれた透孔部が、右外周壁の内端を底辺とする略二等辺三角形を形成している点及びスポークの先端部がディスクの正面外周壁の内端に当接している点で一致しているが、〈1〉 ディスク中央部が、本件意匠では、中心にある車軸挿通孔の周りに正面側になるにつれ次第に外広がりに傾斜する斜面が形成され、正面側の口径が広く現れているのに対し、ロ号意匠では、円形凹部となっていて、その凹部内中央に六角形でその表面が円板である有蓋ナット状のセンターキャップ(表面の円板内には「EWING」と記されている。)が埋設するように現されて、センターキャップ外周縁と凹部内縁間で環状凹溝を形成し、センターカバーの外周縁がスポークの根元部を横切るように配されて円形の細溝を形成している点、〈2〉 スポーク本体の幅が、本件意匠ではディスクの根元部付近から先端部まで同幅であるのに対し、ロ号意匠では若干先細りとなっている点、〈3〉 本件意匠のスポーク本体は、幅方向に平坦であるが、長さ方向において全体的に凸弧状をなしているのに対し、ロ号意匠のスポーク本体は、幅方向に平坦であるが、長さ方向においては、先端部(ディスクの正面外周壁の内端)からディスク中央部に向けスポーク全体の長さの約三分の一の部分が凸弧状を呈しており、凸弧状の終点からディスク中央部外周に至るまでは直線状で僅かに下り勾配となっている点、〈4〉 ディスクの正面外周壁に等間隔で現されたボルト頭部の数が、本件意匠では二四個であるのに対し、ロ号意匠では三二個である点、〈5〉 ディスクの背面の形状が、本件意匠では、背面中央部の中心に小円形の車軸挿通孔が、その周りに一二個の小孔が等間隔にそれぞれ現されており、スポーク本体とリブが一体となったスポーク背面は平面であるのに対し、ロ号意匠では、背面中央部の中心に貫通孔が、その周りに四個の小孔が等間隔にそれぞれ現され、スポークの背面は長さ方向に矩形状の凹部が設けられている点で相違している。

(二) 前記(一)による対比の結果と本件記録に現れた疎明資料に基づき、両意匠の類否について検討する。

前記5(二)において説示したとおり、ロ号意匠においても、需要者の最も注意を惹く部分は、ホィール正面に現れる形状のうち、特にディスク部の正面側の、中央部分を除いた部分の形状にあると認められる。

しかして、本件意匠とロ号意匠とは、基本的構成態様のうち、要部ではない中央部分の形状を除いた、その余の部分で共通すること、具体的構成態様においても、前記のとおりの一致点が存すること、スポークの幅が、本件意匠では同幅であるのに対し、ロ号意匠では若干先細りとなっているが、両意匠とも、スポークの先端部がディスクの正面外周壁の内端に当接していることとも相まって、スポークの幅の差異は、ディスクの正面全体の形状からみると極めて僅かなものであるとの印象を受けること、本件意匠のスポークは長さ方向において全体的に凸弧状を呈しているのに対し、ロ号意匠のスポークは先端部からディスク中央部に向けスポーク全体の長さの約三分の一の部分が凸弧状を呈しており、その余の部分は直線状で僅かに下り勾配となっているが、ロ号意匠のスポークも湾曲性が相当に醸し出されていて、本件意匠のスポークとの差異は僅かであること、両意匠のディスク中央部分の形状の相違(本件意匠の中心部には小円形の車軸挿通孔が設けられているのに対し、ロ号意匠の中央部はセンターカバーとセンターキャップからなっていること及び前記(一)〈1〉の相違点)は意匠の要部ではない部位におけるものであること、前記(一)〈4〉の相違点は、需要者の注意を特に惹くことのない部位における僅かの差異であることを総合すると、本件意匠とロ号意匠とは、意匠の要部であるディスク部の正面側の形状(中央部分の形状を除く。)において類似しているものというべきであって、全体的に見て、美感を共通にする類似の意匠であると認めるのが相当である。

なお、前記(一)〈5〉の相違点は、要部でない部位におけるものであるから、右類否判断に影響を及ぼすものではない。

相手方は、本件意匠登録には、原決定第二の三、2、(二)記載の無効事由が存することを理由として、本件意匠権の権利範囲は、厳密に権利と同一のものに限定して解釈されるべきであるから、ロ号意匠が本件意匠に類似しないことは明らかである旨主張するが、後記三項において説示するとおり、本件意匠登録に無効事由がある旨の主張は理由がなく、したがって、右主張は採用できない。

以上のとおりであるから、ロ号意匠に係る相手方製品第二の製造、販売は、本件意匠権を侵害するものというべきである。

二  保全の必要性について

抗告人らは相手方に対し、平成元年四月二八日付け内容証明郵便(同年五月一日到達)をもって、相手方製品第一、第二の各意匠が本件意匠に類似し、右各製品の製造、販売は本件意匠権を侵害するものであるとしてその中止を求めたが、相手方はこの求めに応ぜず、右各製品を製造、販売していることは、当事者間に争いがない。

そして、疎甲第七号証によれば、抗告人株式会社レオナードは、自動車用ホィールの販売会社であって、従業員一六名を擁し、年間約三〇億円の自動車用ホィールを販売していること、抗告人株式会社無限は、株式会社ホンダのカーレース部門を担当している会社で、レーシングカーの関連部品等の販売をしていること、抗告人両名は、共同して本件意匠を開発し、意匠登録出願後の昭和六三年二月から抗告人株式会社無限が発売元となって、本件意匠に係る自動車用ホィールを「無限MR-5」の名称で販売するようになったこと、右ホィールを取り付けたレーシングカーが、昭和六二年三月二二日に開催された一九八七年全日本レーシングカードライバー選手権ツーリング部門第一戦 87全日本ツーリングカー選手権レースに参加したり、雑誌「カーグラフィック」昭和六二年六月号に掲載されたりしたことや、抗告人らにおいて相当の資金を投入して、「無限MR-5」の宣伝広告を行ったことなどによって、右自動車用ホィールは好評を博し、昭和六三年二月から同年一二月までの間に約一万四六〇〇個、平成元年一月から同年六月までの間に約一万三〇〇〇個を販売したこと、しかし、相手方が相手方製品第二の製造、販売を行うことにより、本件意匠権の実施品である「無限MR-5」の販売量が直接影響を受けるばかりでなく、本件意匠が陳腐化し、右製品の商品価値も下落してしまう蓋然性が高いこと、の各事実が一応認められる。

右事実によれば、抗告人らとしては、本案判決の確定を待っていては回復し難い損害を被るおそれがあるものと認めるのが相当であり、相手方製品第二の製造、販売の差止めを求める仮処分の必要性があるものというべきである。

相手方は、本件意匠登録には、原決定第二の三、2、(二)記載の無効事由が存するから、現時点において、仮処分により相手方製品の製造、販売を差し止めることは相当ではない旨主張するが、本件意匠登録に無効事由がある旨の主張が理由のないことは次項において検討するとおりである。

三  本件意匠登録には無効事由がある旨の主張について

本件意匠登録については、無効審判請求が特許庁に係属中であるが(このことは抗告人らにおいても明らかに争わないところである。)、同登録を無効とする確定審決がない現段階においては、当然のことながら、これを有効なものとして扱うべきところ、無効事由の存在が明らかで登録無効の審決が下される蓋然性が高い場合には、本件仮処分申請はその必要性を欠くものというべきであるから、かかる観点から相手方主張の無効事由について検討する。

1  本件意匠は公知意匠と類似している旨の主張について

(一) 「AUTOSPORT(昭和五九年二月号)」(疎乙第一号証の一・二)の九四頁に掲載されているアウディが装着している自動車用ホィールには、凸弧状を有する五本のスポークが放射状に等間隔で設けられているが、右スポークは、本件意匠のスポークと較べると、相当先細りのものである上、スポークの両側が段落としではなく、逆に隆起しているものであって(立ち上がりリブ)、同幅帯状で、凸弧状を有し、両側部に段落としになったリブを設けたことを特徴とする本件意匠のスポークに類似しているとはいえないものであるから、右ホィールは本件意匠と類似しているものとまで認めることはできない。

(二) 「日本と世界の自動車最新カタログ(昭和六二年一月一日発行)」(疎乙第二号証)及び「CAR GRAPHIC(昭和六一年七月号)」(疎乙第二八号証の一ないし五)に掲載されているポルシェ959が装着している自動車用ホィールには、凸弧状を有する五本のスポークが設けられているが、右スポークは、本件意匠のものより幅が相当狭い印象を与え、かつ、先細りのものである上、スポークの両側部にはリブが設けられていないから、右ホィールは本件意匠に類似しているものとまで認めることはできない。

(三) 「87輸入国産CAR用品最新カタログ」(疎乙第四号証の一・二)の九四頁に掲載されている「ファンフ」という名称の自動車用ホィールのスポーク両側部には、リブが段落としで設けられているが、五本のスポーク本体は先細りである上、平坦なものであるから、右ホィールは本件意匠に類似しているものとまで認めることはできない。

(四) 「ホリデーオート PARTS CATALOG(昭和六一年一月臨時増刊号)」(疎乙第二五号証の一ないし三)の六五頁に掲載されている「グリフォード」という名称の自動車用ホィールに設けられている五本のスポークは、相当に先細りのものであって、全体としてはいわゆる星形をしている上、平坦なものであり、また、スポーク両側部のリブは段落としではなく、隆起しているから、右ホィールは本件意匠に類似しているものとまで認めることはできない。

(五) 「ホリデーオート PARTS CATALOG(昭和六二年一月臨時増刊号)」(疎乙第二六号証の一ないし三)に六五頁に掲載されている「ファルケン」という名称の自動車用ホィールに設けられている五本のスポークの両側部のリブは、段落としになっているが、スポーク本体は、相当に先細りであって、全体としてはいわゆる星形をしている上、ほぼ平坦なものであるから、右ホィールは本件意匠に類似しているものとまで認めることはできない。

以上のとおりであるから、本件意匠が、その出願前公知の意匠に類似するものであることを理由として、本件意匠登録には無効事由がある旨の相手方の主張は理由がない。

2  新規性喪失例外規定の適用要件が欠缺している旨の主張について

相手方は、本件意匠登録出願と同時に提出された、意匠法四条二項の規定の適用を受けるために必要な書類が不整合かつ不十分であるから、同条項の適用を受けることができず、したがって、本件意匠は同法三条一項一号・二号に該当し、本件意匠登録は無効とされるべきものである旨主張するので、この点について検討する。

(一) 本件意匠の意匠登録願書(疎乙第三一号証)には、抗告人株式会社無限の作成に係る「意匠法第四条二項に関する資料」と題する書面が添付され、同書面には、「私供株式会社無限は、当該意匠登録出願に係る意匠による自動車用ホィールを使用し、昭和六二年三月二二日に行なわれた、一九八七年全日本レーシングドライバー選手権ツーリングカー部門第一戦 87全日本ツーリングカー選手権レース(西日本サーキット主催 於西日本サーキット)に参加いたしました。参考として、当該自動車レースへの出走証明書を添付いたします。又、別紙の記事は、カーグラフィック(二玄社発行)昭和六二年六月号(五月一日発売)の二七二ページに掲載されたものです。以上の行為により、当該意匠登録出願に係る意匠は、意匠法第三条一項一号及び二号に該当するに至りましたが、意匠法第四条二項の適用を希望いたします。」と記載されている。そして、右書面に添付された出走証明書は、西日本サーキット事務局の作成に係るものであって、同書面には、「ホンダ シビックSi E-AT」(車両所有者及びエントラント 株式会社無限、ドライバー 中子修及び岡田秀樹)が、前記全日本ツーリングカー選手権レースに出走したことを証明する旨の記載がある。また、添付の前記カーグラフィックの二七二頁には、前記選手権の取材記事の一部が掲載されていて、同頁に本件意匠に係る自動車用ホィールを装着したホンダシビックを撮影した写真が掲載され、その下段に「新意匠のホィールを履く無限ワークス・シビック、中子/岡田の強力コンビ(以下略)」と記載されている。

(二) ところで、意匠法が、意匠の新規性喪失の例外規定を設け、その適用を受けるために、意匠登録出願に係る意匠が同法四条二項に規定する意匠であることを証明する書面の提出を義務づけている趣旨に鑑みれば、意匠登録出願に係る意匠が右条項に規定する意匠であることを、意匠登録出願人自身が作成した書面のみで認定することは、一般的には客観性が担保されないため相当ではないが、だからといって、右事項が第三者の作成した書面のみによって直接的に証明されなければならないと解するのは相当でなく、意匠登録出願人自身が作成した書面が提出されている場合には、これと第三者が作成した書面とを総合して、右事項が肯認し得る程度に証明されていれば足りるものと解するのが相当である。

本件において、西日本サーキット事務局作成の出走証明書によれば、昭和六二年三月二二日に西日本サーキットが主催して、同サーキットで開催された一九八七年全日本レーシングドライバー選手権ツーリングカー部門第一戦87全日本ツーリングカー選手権レースに、抗告人株式会社無限の所有する「ホンダ シビックSi E-AT」が出走したことが認められること、「カーグラフィック」(抗告人株式会社無限の作成に係る「意匠法第四条二項に関する資料」により、右雑誌が二玄社発行の、昭和六二年六月号であることを認定することができる。)の二七二頁には、前記選手権の取材記事の一部と、本件意匠に係る自動車用ホィールを装着したホンダシビックを撮影した写真が掲載されていること並びに右「意匠法第四条二項に関する資料」の記載内容を総合すると、本件意匠が、意匠登録を受ける権利を有する抗告人株式会社無限の行為に起因して意匠法三条一項一号・二号に該当するに至ったものであることが肯定認し得る程度に証明されているものというべきである。

したがって、相手方の前記主張は理由がない。

3  本件意匠は類似する後輪ホィールの意匠によって意匠登録を受けることができない旨の主張について

(一) 疎乙第三一号証、第三四号証の一・二によれば、昭和六二年三月二二日に開催された一九八七年全日本ツーリングカー選手権レースに出走した前記ホンダシビックに装着されていた前輪ホィールのディスク中央部は、中心に、車軸にホィールを装着するためのナットが設けられ、その周りを正面側になるにつれ次第に外広がりに傾斜する円形の斜面が形成されているのに対し、同車に装着されていた後輪ホィールのディスク中央部は、中心に、車軸を装着するためのナットが突出しており、その周りは平坦であること、両ホィールのこの点の差異を除くと、その他の形状は同一であることが認められる。右事実によれば、前輪ホィールの意匠は本件意匠に相当するものというべきところ、後輪ホィールの意匠と同一とはいえず、類似しているものと認めるのが相当である。

(二) ところで、意匠法四条二項の規定上は、同法三条一項三号に該当する意匠については右条項の適用を受けることができないことになっているが、同一人が相互に類似する意匠を同時に創作した場合には、本来、意匠登録を受ける権利は両意匠につき別個に発生しており、法的にも同等に評価されるべきものであること、意匠法が、意匠登録出願前の新規性の喪失について例外的に取り扱う救済規定として四条を設けている趣旨に照らすと、意匠登録出願に係る意匠について同法四条二項の規定の適用が認められ、かつ、意匠登録出願に係る意匠及びこれに類似する意匠のいずれについても、その最初の同時公表のときに、意匠登録を受ける権利を有する者が同一人である場合には、同時に公表された類似の意匠をもって、意匠登録出願に係る意匠を同法三条一項三号の規定に該当するものとすることは相当ではないというべきである。

本件において、本件意匠の意匠登録出願について同法四条二項の規定の適用が認められるべきであることは、前記2項において説示したとおりであり、かつ、本件意匠に相当する前輪ホィールの意匠と本件意匠に類似する後輪ホィールの意匠は同一人の創作に係るものである上、同時に公表されたものであるから、後輪ホィールの意匠をもって、本件意匠が同法三条一項三号に該当するものとすることはできない。

したがって、後輪ホィールの意匠によって、本件意匠は同法三条一項三号の規定に該当するものである旨の相手方の主張は採用できない。

(三) 次に、相手方は、本件意匠が初めて公表された昭和六二年三月二二日から本件意匠登録出願がなされた同年九月一六日までの間の同年六月一日に発行された雑誌「RACING ON」(疎乙第三五号証)に掲載されている前・後輪ホィールの意匠は、イラストによって表現されているため、本件意匠登録出願の願書に添付された図面代用写真や前記雑誌「カーグラフィック」の掲載写真に示された意匠と同一ではなく、類似する意匠であるから、「RACING ON」に掲載された意匠によって、本件意匠は意匠法三条一項三号の規定に該当するものである旨主張する。

しかし、右「RACING ON」に掲載されている車両は、右「カーグラフィック」に写真掲載された車両と同一の、前記全日本ツーリングカー選手権レースに出走したホンダシビックであり、両雑誌に示されている自動車用ホィールの意匠は、表現手段が写真とイラストという違いはあっても同一のものであるから、相手方の右主張は理由がない。

4  以上説示したように、相手方主張の本件意匠登録無効事由が明らかで登録無効の審決が下される高度の蓋然性については、いずれも疎明がないものというべきである。

四  結論

以上のとおりであるから、本件仮処分申請は、相手方製品第二の製造、販売の差し止めを求める限度で理由があって認容すべく、その余は失当であって却下すべきものであるから、右と異なり、抗告人らの本件仮処分申請を全部却下した原決定を主文二、三項のとおり変更し、申請費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濱崎浩一 裁判官 田中信義)

物件目録(一)

添付写真写しに示す形状の「イーウィング ウィナー」と称する自動車用ホイール

写真写しの説明

正面図 正面から撮影した写真の写し

左側面図 正面図の左方向から撮影した写真の写し

背面図 正面と反対方向から撮影した写真の写し

平面図 上方から撮影した写真の写し

底面図 下方から撮影した写真の写し

斜視図 正面の斜め上方から撮影した写真の写し

添付写真

物件目録(二)

添付写真写しに示す形状の「イーウィング フォージIII 」と称する自動車用ホイール

写真写しの説明

正面図 正面から撮影した写真の写し

左側面図 正面図の左方向から撮影した写真の写し

背面図 正面と反対方向から撮影した写真の写し

平面図 上方から撮影した写真の写し

底面図 下方から撮影した写真の写し

斜視図 正面の斜め上方から撮影した写真の写し

添付写真

別添資料

別紙目録等〈省略〉

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